レシピを見なくなったら、料理が自分のものになった
本記事には広告が含まれます
レシピを見ずに料理ができるようになりました。
もともと料理は嫌いではありません。ただ、作るためには「スマホがそばにないと不安」でした。スマホで手順を見て、その通り進める。そして、次の工程を見るために、またスマホを開いてのくり返し。
分量も手順も合っているはずなのに、「料理が自分のものにならない」。
そんな状態だったわたしが、レシピを見ずに料理できるようになったきっかけを書いていきます。料理の腕前よりも、向き合い方が変わった話です。
仕事をやめて、毎日の料理をするように
料理を意識したきっかけは仕事をやめたことでした。
家にいる時間が増え、自然と毎日の料理を担当するようになりました。
最初はネットのレシピを見ながら、問題なく作れていました。
ただ、何度か同じ料理を作っても、まったく覚えられません。
料理はこなしているのに、積み上がっている感覚がありませんでした。

『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』
そんなときに読んだのが、『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』という本。
中身は文字がほとんどで、料理本というよりはちょっとした読み物。
最初は野菜の炒め方や煮物、下処理について解説しているのですが、何をどれぐらいなどの詳しい分量の記載は多くなくて、「感覚を教える」ような書き方です。
例えば、「野菜を炒める・野菜と炒める」の一文。
料理をする前に
野菜に水をたっぷり吸わせて、
土にはえていたときの状態に
戻してあげます。
炒めるというのは素材の持つ水分で火を通す調理法とのこと。「強火で炒めると焦げてしまう」のは野菜の水分が足りていないから。なので、まずは野菜に水分をたっぷり吸わせましょうということなのだそう。
「なるほど」と各項目の内容がスッと頭に入ってきます。同時に、料理をする工程が頭の中で膨らんで、早く試してみたくなります。

なぜレシピ通りだと、料理が身につかなかったのか
レシピ通りに作る行為は「考えなくても成立する」からです。
指示された分量を入れ、書かれた順番で火を通す。
それで料理は完成します。
一方で、その途中にある判断は、ほとんど自分の中に残りません。
味が薄い理由、香りが変わる瞬間、火を止めるタイミング。
そこを感じ取らないまま終わると、次につながらないことに気づきました。
最初にやったのは、味見を増やすこと
わたしが最初に変えたのは味見の仕方です。
レシピ通りに進めながら、途中で必ず味を確認しました。
そのとき、次のようなことを意識します。
- 今、濃いか薄いか
- 香りは立っているか
- もう少し加えるなら何か
答えが出なくても構いません。
感じたことをそのまま受け取るだけで十分でした。

少しずつ、レシピを見ない時間が増えていった
次に作るとき、前回の感覚を思い出しながら始めました。
最初から最後まで見ないのではなく、途中だけ閉じてみる。
すると、意外と手が止まりません。
迷っても、味見をすれば判断できます。
結果として、
- レシピを検索する回数が体感で半分ほどに減り
- 何品かは何も見ずに作れるようになりました
数字以上に、気持ちの変化が大きかったです。

料理の失敗が怖くなくなった理由
料理の失敗が怖くなくなったのは、理由が分かるようになったからです。
以前は、失敗すると原因が見えませんでした。
今は、
「火を入れすぎた」
「塩を急ぎすぎた」
そうやって振り返ることができます。
失敗が情報に変わると、料理はぐっと楽になります。

レシピは手放さなくて大丈夫
レシピを完全に使わない必要はありません。
新しい料理や慣れない食材では、レシピは頼りになります。
大切なのは使い方ということを学びました。
- 正解をなぞるためではなく
- 判断のヒントとして使う
この距離感が、料理を自分のものにするポイントでした。
まとめ
料理は才能でも記憶力でもありません。
自分の感覚に耳を傾ける習慣だと思います。
紹介した本は、その入り口を示してくれました。
読んで終わりではなく、台所で試したくなる内容です。
もしみなさんが、
- レシピ通りなのに身につかない
- 料理がどこか怖い
そう感じているなら、一度レシピから目を離してみてください。
その一皿が、料理を続けるきっかけになるかもしれません。
